こども宅食応援団のビジョンは「すべてのこどものとなりに、ぬくもりを。」ミッションは「今日を生きるこどもたちのために、多様な人々が手を携え孤立を生まない社会を創る」です。私たちの理念を伝えて、目指す社会を皆さんと一緒につくりたい。そんな想いを込めて、ともに歩む方にお話を伺います。
社会的養育総合支援センター一陽 統括所長/全国児童家庭支援センター協議会 会長の橋本達昌さんのインタビュー記事です。
橋本達昌さんプロフィール 1966年生まれ。中央大学法学部法律学科卒業。現在、全国児童家庭支援センター協議会会長。こども家庭庁こども家庭審議会臨時委員。 社会的養育地域支援ネットワーク代表理事。家庭養育支援機構副理事長。全国家庭養護推進ネットワーク副代表。福井県地方自治研究センター理事長。福井県立大学、仁愛大学非常勤講師。越前市要保護児童対策地域協議会会長。社会的養育総合支援センター一陽統括所長。 |
大学は法学部で、卒業後は地元福井県の市役所に勤めました。初めは納税課への配属でしたが、2年目に労働組合の青年部の活動に参加して、保育園等様々な福祉施設を訪れました。その時に出会ったのが、市直営の児童養護施設です。労働組合の役員として、現場の状況や起きている課題等を聞く中で、「高校入試に失敗した子が、自分でアルバイトしてお金を払いながら家庭教師に学んでいる」という話を聞いて、そんな事情なら、私たち組合の青年部が勉強を教えに行きますよ!と言いました。私ともう一人の、二人で学習支援ボランティアを始めて、施設に通うようになりました。
1年半ほどボランティアをやった後、自己申告書に希望を書いて、児童養護施設へ異動しました。元から福祉への知見があったり興味が強かったわけではないのですが、そこで出会ったこどもたちがかわいくて、今日学校でこんなことがあったよ、という話を聞くことや、他愛ない話なども、純粋に触れ合いが楽しかったんです。そして、同時に、それぞれの事情があって施設に来たこどもたちが、制限の中で暮らしていることをまざまざと感じる期間でもありました。そんな経験を重ねる中で、だんだんと、児童福祉に携わっていく気持ちになっていきました。
5年施設で勤務して本庁に戻り、児童福祉課へ配属されましたが、2005年、市町村合併による施設存続の危機に直面しました。※ それぞれの市町村が、赤字の施設をなくす話になった時に、児童養護施設がその対象となったのです。閉鎖となる当時の児童養護施設から、県内の他の四つの施設にこどもたちを分散すると言われてしまって。こどもたちは施設に入って、やっとその環境や生活に慣れてきたのに、「また大人の事情で施設を出なければならず分散するのはおかしい!」と思って、施設で働く臨時・非常勤職員と一緒に募金活動をして、自分たちで運営するためにNPOを設立しました。
募金活動においては、地元紙が、「市立でも私立でもない、”市民立”の児童養護施設ができようとしている」という記事を書いてくれたこともあり、協力者も多く出て1000万円を集め、約600人の支援者を得て運営を開始しました。市とセンターの運営を引き継ぐ形で、社会福祉法人の施設職員になりました。
※ 越前市は、武生市と今立町が合併し、2005年10月1日に誕生
――社会的養育総合支援センター「一陽」
児童養護施設は、養育者の疾病や虐待など、家庭の養育が困難になったこどもが入所することが多く、山の中などあまりひと気の無い様な場にあることもありましたが、これからは地域にあるべきだと思っています。施設に入る子だけが支援や養育の対象ではなくて、例えば日常生活において、お友達関係の中で、しんどさを抱えていたり、悩みをもった子たちのケアを、児童養護施設が担えると良いのではないか、と考えています。
その視点を持って、私たちは、児童養護施設の中にあるノウハウが、地域のこどもたちに還元されると良いと考え、施設に「児童家庭支援センター」をつくり、さらに乳幼児から親子で気軽に遊びに行くことができる場所も必要だと考えて「子育て支援センター」もつくりました。そのようにしてできた施設「一陽」は、その後の日本において児童養護施設のモデルにもなりました。
社会福祉法人越前自立支援協会が運営する児童養護施設・児童家庭支援センター・子育て支援センター「一陽」の運営理念はこちら。こどもたちが過ごす居場所としての施設への愛情と、いっときの支援にとどまらない、地域の中で自立できるように愛を込めて、成長を見守るようすが伝わります。 一陽の公式サイトより |
「官民の連携は大事」とよく言いますが、「民」とは、民間事業者の民と、市民の民もそこに含まれると考えています。官が補助金や助成金等をしっかり用意し、民がやることを応援してくれるという構造が大事ですね。市民は地域のプロなので、地域の特性や、こどもを取り巻く家族や関係者等をよくわかっています。民間事業者は、支援のプロとして「ケアの役割」、市民の方は元気づける・勇気づけるという意味の「チアの役割」を担い、ケアとチアが地域の中にあって初めてこどもが本当の意味で支援を受けることができると思います。
どちらも「抱え込まない」というのが大切な視点で、抱え込まない・支援する方がつぶれないためにも、「つながる」ということが大事なんだと思います。市役所の人が市民に勇気づけられたり、市民の方が役所の方に励まされたりという循環があったり、民間事業者がとても元気にやっている地域は、やはり行政に理解があって、何か新しいことを始める時に「一緒にやろう!」と声を掛け合えることは大きいです。
私が施設を創った時にも、市が本当に力強く応援してくれました。当時の三木勅男武生市長は、30代半ばの私たちが「社会福祉法人越前自立支援協会」を創設する際に真っ先に賛同してくださった恩人です。その後に市長になった奈良俊幸さん(当時武生市長、のちの越前市長を歴任)も、社会福祉士の奥様と共に応援してくださいました。そのように市のトップが理解して応援してくれたおかげで、施設をつくることができ、まさに官民の連携がうまくとれているのは、とてもありがたいことです。
――求められる、官・民・市民の連動による地域ネットワークのイメージ図
「孤立を生まない社会」というテーマで考えてみると、まず前提として「こうすれば、良くなる」等、答えがピンポイントであるようなものではないと思います。さらに現代は、SNSの影響で、こどもたちの承認欲求の表現の変化や、監視社会化が進んでいるので、「孤立」の形が複雑化していると感じます。昔に比べたら非行に走る子や、少年院に行くような子も減っている中で、児童養護施設の職員とはよく「体育会系の先生ではなく、むしろ保健室の先生にならないといけない時代」と話をしています。施設において、これまでは集団をどうまとめ上げていくかというスキルが問われたのですが、悩みも多様化している今は、一人ひとりの対応をしなければいけない。ケアの方法も、様々ですね。
以前は、学校から帰ったら友達との世界ではなく家の時間だったのが、今はスマホでずっと友達付き合いをしないといけない。そういう、人の目を気にして生きていく社会で、彼らも大変だなと思います。友達がいても孤立しているような感覚をもつこともあるし、”いいね”をもらいたい気持ちが強くて、その意味で孤立したくないという思いが強いように感じます。
簡単に答えが出ないテーマだからこそ、「孤立を生まない」ということについて考えるアクターが、地域にたくさんいる状態が大事なのではないかと思います。こども宅食は、多くの市民が「アクターになりやすい」ツールとも言えるのではないでしょうか。
児童家庭支援センターは「ゆるい支援」という言い方をするときがあります。児童相談所等に比べると、息の長い、求め過ぎない支援のあり方という意味で、私は現代の孤立対策として、また地域でこどもを育てる社会をつくるためにも、必要だと考えています。
こども宅食の特徴は、まさにゆるい支援といえますね。
支援のスキルや知識などよりも「良かったら、これどうぞ」と言って食べ物をお渡しすると、どんなに難しい人でも「ありがとう」と、話がそこから始まったりします。この国の習慣として、人の家を訪れるときは、物を持っていくというのは、対等な意識の表れなのかなと思います。相手の時間を奪うということでもあるから、そういう謙虚さのような「余分にお土産買ってきたから、どうぞ」のような、さりげないやさしさは、日本ならではの良さでもありますね。
こどものケアの難しさも複雑になっている現代だからこそ、児童養護施設や乳児院などで働く人が減っているという問題があります。私はこれからは、支える人を支える、養育者を育むという取り組みに力を入れていきたいなと思っています。
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