産前産後に困りごとを抱えた家庭に訪問し、無料でオムツや日用品を届け、お母さんと1時間ほどの会話を通じて相談援助を行う「こども宅食赤ちゃん便」。
この取り組みは、2023年度にトライアル事業として佐賀県でスタートしました。こども宅食応援団と認定NPO法人スチューデント・サポート・フェイス(以下、SSF)が連携し、NPO法人フードバンクさがの協力のもと、2023年1月〜5月までの約半年間で12世帯に支援を実施しました。現在は、SSFが事業主体を担っています。
こども宅食応援団は、1月23日にオンライン勉強会「こども宅食赤ちゃん便とは~実例から学ぶ 妊婦からの切れ目ない支援について~」を開催。こども宅食赤ちゃん便の説明のほか、妊婦や赤ちゃんがいる家庭に支援を行っている3つの団体が、事業内容や事例を発表しました。
まず、こども宅食応援団の井内美奈子が、こども宅食赤ちゃん便の概要を説明しました。
こども宅食赤ちゃん便の対象は、特定妊婦や暮らしにおいて困りごとを抱える世帯です。特定妊婦とは、「出産後の子どもの養育について、出産前から支援を行うことが特に必要と認められる妊婦のこと」(児童福祉法第6条3第5項)で、背景には予期せぬ妊娠や経済的困窮、DVなどさまざまな要因があります。新型コロナウイルス感染症の流行(以下、コロナ禍)で母親の困窮や孤立は深刻化し、2010年~2020年の10年で特定妊婦数は約10倍に増加しました。
自治体に特定妊婦として登録されると、家庭訪問による面談、就労支援、居住支援、生活相談などを通じて行政とのつながりを持つことができます。しかし、自治体も手が回らず個別支援が難しいのが実情です。
こうした中で問題視されるのが、虐待です。厚労省の調査結果によると、虐待死が最も多い年齢は0歳(32人、65.3%)で、このうち月齢0ヶ月(50%、16人)は半数に上っています。妊娠・出産期や産後は、お母さん達が不安感を抱きやすい時期です。周りに頼れる人や相談できる人がいるかどうかは、子育てや子どもとの関係づくりに大きな影響を与えます。
こども宅食赤ちゃん便が目指すのは、産前からお母さんの見守りを行うことで孤立出産を防ぎ、新生児遺棄や虐待死のリスクを減らし、お母さんと赤ちゃんのこれからがより良くなる環境作りのサポートを行うことです。
こども宅食赤ちゃん便はアウトリーチ型の支援のため、来所型と比べてご家庭の様子をより詳しく知ることができます。妊娠経過や赤ちゃん養育の話を入り口に自然な形で生活困窮の状況などを聞けるのも利点のひとつ。たとえば、「赤ちゃんかわいいね。良く眠れている?ミルクは飲むのかな?」「高くて買えないから大人の食費を抑えています」といった会話を通じて、生活の厳しさや、育児に対する思いや不安などを感じ取ることができます。
対象時期は、妊娠届を提出する妊娠4ヶ月頃~3歳まで。3歳以降でも、必要に応じて継続して見守り支援を行う場合もあります。1歳6ヶ月健診で見守りが必要だと判断された親子も対象となります。
次に、妊婦や産後のお母さんのほか小さい子どもがいる家庭への支援を行っている3つの団体が活動の概要を発表しました。
こども食堂を中心に事業を展開していましたが、2020年から始まったコロナ禍を機に事業形態の見直しを実施。子ども単体ではなく家族を丸ごとサポートする必要性を痛感し、「スマイル@おむつ宅配便事業」をスタートしました。おむつの宅配事業は滋賀県や兵庫県の自治体が行うケースはあるものの、民間では国内初の事業です。
「6ヶ月の継続をベースとし、おむつやベビー用品2500円相当を月に1回お届けしています。おむつはあくまで関係づくりのきっかけにすぎません。民生委員や主任児童委員などのメンバーが2名1組となって訪問し、ご家族との交流を通して虐待を未然に防ぎます。当初は川口市全体で10世帯を想定していましたが、2023年9月末時点で54件と、予想を上回る依頼をいただいています」(添田事務局長)
コロナ禍に保護者から届いた「生活の苦しさ」の声を受け、2020年10月に湧谷町こども宅食事業をスタート。一斉休校や保護者の収入源で食べ物に困る世帯が増えたほか、人が集まりづらい環境もあり、来所型からアウトリーチ型に切り替えて食品を届ける活動にシフトしました。
「親御さんが精神疾患を抱えている、部屋中にゴミが散乱しているなど、ご自宅へ伺うからこそわかることがたくさんあります。自治体や関係機関による介入がすぐに必要なレッドゾーン(要保護)と呼ばれる世帯ではなく、当法人が目を向けているのは、自治体が対応しきれないものの何らかのサポートを必要とする世帯です。そういった世帯をレッドゾーンにしないことも目指しています」(吉田さん)
法人が大阪府松原市内に所有する「NIKOビル」には、支援センターやコミュニティカフェ、お母さんが休息できるレスパイトルームなどが備わっています。市内の親子を対象として「まつばらフードパントリー」を実施するほか、産後2ヶ月間限定で毎週火曜日に「ママに愛情たっぷりお弁当」を配達。お弁当配達をきっかけとして家庭とつながり、継続支援が必要と判断した家庭には、毎週木曜と最終土曜に「やんちゃま弁当」を提供しています。
「できるだけ多くの機関と連携することで、支援の網から漏れることがない状態をつくっています。ママからは『誰かが自分のことを気にしてくれていることが嬉しかった』とメッセージをいただきました」(田崎さん)
最後は、パネルディスカッションです。こども宅食応援団理事の原水敦がファシリテーターを務め、各団体にいくつかの質問をして活動への情熱を語っていただきました。ここからは、佐賀でこども宅食赤ちゃん便を実施しているSSF相談員の中山志穂さんが参加しました。
まずは、「妊娠期から関わることのメリット」について。
田崎さん:「妊娠時からご家庭に関われるため、お子さんの成長に伴ってご家庭が抱える悩みをより知ることができますし、お母さんの体調が変わりやすい時期から寄り添えるのが良いですね!早いうちから関わることで、状況が悪化をする前に対応ができます」
吉田さん:「当初の支援対象は中高生でしたが、その年齢だと問題が深刻化していることが多いです。関わり始める子どもの年齢が小さいほど、できることの選択肢は増えます。お母さん達に『一人じゃない』ことをわかってほしい。そのための手段として、こども宅食赤ちゃん便は良いツールです」
中山さん:「私も試行錯誤をして子育てをしてきました。お母さん達は、みんなそうだと思います。だからこそ、困りごとを抱えて自治体に相談へ行こうとしても、『自分がしてきた育児にダメ出しをされるのではないか』と不安を感じて、足が遠のいてしまう。誰にも相談できずにひとりで困っているご家庭に寄り添える点が、こども宅食赤ちゃん便の魅力です」
親子への支援事業では、食品や日用品といった物資の確保が課題です。
田崎さんは、粉ミルクが不足した際、思い切って大阪に本社を置く食品メーカーに電話し相談をした体験を共有してくれました。「電話をして、『お母さん達がこういった事情で困っています』と訴えたら、粉ミルク缶を約2000本送ってくださいました。『困っているときは声に出してみよう。』と思いました。必要なものを届けてもらえたら、お母さんたちは嬉しいものです。食品や日用品をきっかけにつながった方が、『こんなに大きくなりました』と成長したお子さんの顔を見せにきてくださったことがあります」
寄付も重要な要素です。
中山さんは、宝島社から寄付をされた「赤ちゃんBOX」の話題に触れました。赤ちゃんBOXとは、佐賀県で実施されたトライアルにおいて、初回訪問時にお母さんたちにお渡ししたアイテムです。
BOXの中にはおむつやミルクといった赤ちゃん向けのグッズだけでなく、ハンドクリームやシャンプーといったママ向けのものも入っており、高い人気があります。
「お渡しすると『わあ、嬉しい!』と明るい反応をいただきます。中には、『赤ちゃんBOXがもらえるなら、もう1人くらい産んでもいいかな』とおっしゃる方もいます」
添田事務局長は「コロナ禍で、こども食堂や子どもへの支援に社会の関心が集まってきたように思います。中山さんのお話にあった宝島社の赤ちゃんBOXもそうですが、企業が寄付や福祉への活動に積極的になっていると感じます」とコメントしました。
勉強会の視聴者からは、財源についての質問が寄せられました。吉田さんは、自治体の委託を受け支援対象見守り強化事業費を活用、田崎さんは、自主財源と、見守り強化事業費の一部を活用し実施しています。」。中山さんは「100%自主財源です」と回答しました。一方で、添田理事長と事務局長は、「おむつ宅配便事業の財源のうち、約2割が寄付、約8割は助成金でまかなっています」と答えました。
最後に、各団体に今後にやっていきたいことを語っていただきました。
添田事務局長:「おむつ宅配便事業では希望する世帯が増えており、全力で受け入れる方針です。とはいえ、私たちだけでは解決できないので、社協、保健センター、子育て相談課などの地域の団体と積極的に連携していきます」
添田理事長:「地域の人とコミュニケーションを密にして、赤ちゃんや子どもの成長を見守れる環境を作りたいですね」
吉田さん:「経済的に困窮していなくても、産前産後は大変な時期です。つながれていない家庭とつながる手段をどう作っていくのかが今後のテーマのひとつです。」
田崎さん:「子どもと親を丸ごとサポートするには、関係各所と個人情報を共有する必要があります。その仕組みづくりに注力したいです」
中山さん:「宅食で訪問する家庭から、『必要な人に届けてほしい』と、日用品やおさがりの衣類を預かる事もあります。そんな気持ちを持ったお母さんも多いので、必要とする方に『思いと共に品物をお届けできる』そんな仕組みを整えたいと思っています。。また、シングルファザーの世帯への支援を拡充したいとも考えています」
そのほか、どの団体も「事業の継続」を挙げています。
「近年、こども食堂がとても充実してきて、社会の理解度も高くなり応援してくれる人も増えてきました。ただ、それでもこども食堂の利用につながらないご家庭があるのも感じています。こども宅食赤ちゃん便やこども宅食をすることで子どもの食の支援、保護者の子育て支援、食支援につなげていくことができる、とても良い方法だと感じます」
「今後は母子保健分野とのやり取りの中でどのような点であれば自分たちもアウトリーチ支援を活用できるか、現在どのような取り組みがあると母子保健が動きやすくなるか等を市町村と情報交換ができると良いと思いました」
勉強会には、30団体の方がご参加くださいました。親子の支援を行っている団体や保育園、フードバンクの活動を行なっている方、行政にお勤めの方など、幅広い層の参加者がいらっしゃいました。「次年度の事業としてスタートしたい」といったお声もいただきました。
こども宅食応援団では、『私の町でも「こども宅食赤ちゃん便」を実施したい』という方のもとへ、ノウハウをお伝えし、妊娠期からのきれめのない支援を応援していきます。
執筆・薗部雄一
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