長い間、福祉の現場では「支援者の勘」や「ベテランの経験知」が大事にされ、重要な局面でも唯一の判断軸でした。それらの「勘」や豊富な現場経験に裏打ちされた知識は、もちろんこれからも大切にされるべきものです。しかし近年、そのような属人的なあり方では、福祉分野の発展が進まないことがはっきりしてきました。
そこで、第1回「全国こども宅食サミット」では、もう1つの判断軸として活用が求められている「データ」をテーマにパネルディスカッションを行いました。タイトルは「データ活用で進む福祉・変わる福祉」。
パネリスト
AIを活用した虐待早期発見・予防システムの開発を行う
Ai for better society 高岡昂太さんインターネットの検索連動型広告システムを活用して自殺予防対策を行う
NPO法人OVA 土田毅さん認定NPO法人フローレンス
今井峻介司会
こども宅食応援団理事
鴨崎貴泰
こども宅食の効果の評価をになう日本ファンドレイジング協会の事務局長でもある鴨崎は、日頃から、評価のためデータ収集と分析に携わっています。そんな鴨崎から、福祉のあり方を変えるためのデータ活用の重要性が語られます。
鴨崎:「これから『データで進む福祉・変わる福祉』ということでお話をしていきたいと思います。こども宅食の1つの特色でもありますが、こども宅食では成果を見える化して、どんな効果があがったかを示していく。これは2つの意味があって、きちんと関係者に価値を伝えていくということ。もう1つは、データを事業改善に活かし課題解決のスピードを上げる。この2つは、福祉のテーマとして非常に大事だと思っています。」
この鴨崎の投げかけをうけ、福祉分野でのダイナミックなデータ活用に取り組むAi for better societyの高岡さんと、OVAの土田さんに、それぞれの団体でどうデータを活用しているのか、事例をお話いただきました。
高岡:「Ai for better societyは国立研究所なので、全国の自治体から虐待に関する情報を提供してもらうことができます。その情報から、課題を見つけ出し解決策を考えるために、データを引っぱりだす。
これまでの研究から福祉現場での意志決定で、ベテランほど判断ミスをしやすいということが分かっています。自分の過去の経験を元に判断するので、リスクを過小評価してしまう、ということが起きるからです。そうならないためにデータを活用することで、人の経験値とデータが協働できると思っています。」
土田:「OVAは、検索連動型広告を活用した自殺予防対策を行っています。例えば、インターネットで「死にたい」「自殺の方法」などを検索した人に対して、「こういった相談機関があるよ」「ここに連絡してみてね」というようなページを表示することで、相談しやすい道筋を示すというものです。
相談をうける際に、必ずうつの度合いや、自殺をするリスクがどのくらいあるのかを数値化できる質問に答えてもらいます。その数値を見て、相談をうける担当者は、初期対応をどうするかなどの判断の参考にしています。」
2団体の事例から、データを活用することは「属人的でない判断基準をもてること」に繋がることが分かります。
多くの機関が協働して事業を行っているこども宅食の今井からは、他機関と協働する上でデータがいかに大切かが語られました。
今井:「こども宅食は、様々な企業・行政・NPO団体が立場を越えて協働しています。それぞれの立場が違うので、最初は目指す場所や見ている景色が違うのは当たり前。そこを繋ぐのが、データなんです。
ただ単に事実を知るだけでなく、同じ視点で物を見て協働するためのツールとしてデータが必要だと思っています。
また、支援対象の人にアンケートをとる。そうすると実像が見えてくるんです。そうすると「困っている人を助けたい」という抽象的な想いから「課題が重複していて、生活満足度が低くなっている家庭の生活満足度を上げるには?」という具体的な問いを導き出すことができます。」
高岡:「課題を具体的にできるという点で、同じような事例があります。例えば今、児童相談所をはじめ福祉業界はどこも人手が足りないと言われています。みんな感覚的には「このままではダメだ」と分かっていても、明確に「どこに誰をどう配置すれば良いのか?」は分かっていない。こういう時にデータ分析をすることで「何人足りないのか?」「何人いれば足りるのか?」という具体的な施策へとすすめることができます。」
3人からは、データをとることで他機関が協働するための共通言語にできる、支援対象を明確にできる、課題を具体的な施策にすすめられるという3つのメリットが共有されました。
このように、データをうまく活用することは、福祉分野を発展させていく上で大きなメリットとなります。そのため海外の福祉分野では、データを活用することはいわば当たり前。なぜ日本では、データ活用が進まないのでしょうか?
高岡:「まず、福祉の現場は非常に忙しいということが大前提でありますね。」
土田:「データを活用するにはどの指標を使うかというところから考え、指標を探し出さなければいけません。その手間が非常に大きいというのもあると思います。」
今井:「そもそも「質のいい調査」が少ないですよね。福祉や子育て支援の分野でアンケートをとることはよくあるけれども、現場にいる担当者たちが感じていることを仮説にして、それを検証するための調査が行われているとは言い難い。そのため、出てくるデータもぼんやりしていて現場では使いづらい、ということが起きていると思います。」
実際に現場で実務を行う3人からは、なんともリアルな実情が語られます。では、これからどうしていけばいいのでしょう?
土田:「そもそもデータには、限界がある。そのことをまず認識して、データを活用できるところと出来ないところの線引きをすることも重要だと思います。数値化できる範囲の限界も踏まえ、できる範囲の中で、できるところから活用していく。」
高岡:「僕も、まずできるところからやるということが大事かなと思います。数値化しづらい部分はあると思いますが、逆に数値化しやすいところもある。その数値化しやすいところからとっていくことは大事ですね。」
今井:「僕はこども宅食は「ケア」的な事業だと思っていて。ケアというのは、具体的な課題を解決するというよりは、対象に寄り添っていくこと。医療で言えば、手術は病気を直す治療(セラピー)で、お見舞いがケア。お見舞いがあったからと言って病気が直るわけではないんだけど、気持ちが前向きになったり、例えばつらいリハビリに向き合えるようになったり、治療とは別の可視化しづらい大きな価値がある。
その「お見舞い」の価値を数値化するための尺度や測定法がないというのが問題で。こども宅食はそこにトライしていかなきゃいけない。」
土田:「その例えはとても分かりやすいですね。福祉における「ケア」や「予防」は「お見舞い」のように確実に効果はあるんだけれども、それを数値化して世間に示すのが難しい。だから、なかなか発展していきづらい。」
鴨崎:「3人のお話から、効果が分かりやすい事業と分かりづらい事業があるなぁと思いました。こども宅食は、事業の効果が非常に分かりづらい。「食べ物を届けてハッピー」「つながりが生まれた」というのは見える効果ですが、そのことで「生活状況の悪化を防ぐ」という効果がでているかどうか、これを見える化することは非常に困難で、僕も四苦八苦しているところです。
こども宅食では、この「見えない効果」の測定の手法も開発していく必要があると思っています。今日はありがとうございました。」
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