「こども宅食」は、食品配送をきっかけに家庭とつながりを作り、必要な支援につないでいくことを目指す事業です。
「宮崎県三股町に、文京区のこども宅食を参考にした取り組みがある」と知り、最初の取材でみまたん宅⾷どうぞ便の取り組みを教えてもらった19年3⽉。「こども宅⾷なら、本当に⾒えない”つらい”を発⾒で きるかもしれない」⼀筋の光が⾒えた瞬間でした。
しかし、いったいみまたん宅食どうぞ便のどんな機能が、工夫が、やりとりがそれを可能にしているのか?
こども宅⾷応援団のメンバーで様々な情報を集めている中、⾮常に参考なったのが、ウェブを活⽤した若年層向けの⾃殺対策・SNS相談事業を⾏う特定⾮営利活動法⼈OVAさん(以下「OVAさん」)の「声なき声プロジェクト」の研究・調査です。
―――声なき声プロジェクト
トラブルを抱えたときに周囲に「助けて」と言えない問題を解決したい。声を上げられず一人で抱え込む子ども・若者に、必要なサポートを届けるプロジェクトです。
(声なき声プロジェクトWebサイトより)
OVAさんは、必要な⼈に情報と⽀援を届ける為、精神保健福祉⼠・臨床⼼理⼠といった専⾨家の知⾒に加え、マーケティング・データ分析といったノウハウを活⽤しています。例えば、⾃殺対策・相談事業で、若年層の⾏動パタンに着⽬し、インターネットで⾃殺関連⽤語を調べているユーザーのみに対してWeb広告を表⽰させるといった⼿法を取っています。
OVAさんのこれまでの研究によると、必要な⼈に情報や⽀援を届かない理由・背景として、当事者個⼈の援助要請能⼒(help-seeking)の問題だけでなく、偏⾒が⽣まれやすい環境、使いづらいサービス設計、そもそも必要な情報が当事者に届いていないなど、社会や支援者側に問題や課題がある場合があることがわかっています。
OVAさんが公表している資料に、「アウトリーチの実践に今日から使えるメソッド集」があります。トヨタ財団の助成を受け、全国の40以上の若者支援団体を対象に実施した調査をもとに、「支援につながりにくい理由」や「支援を届ける工夫」をまとめたものです。
以下では、このメソッド集で提⽰されているポイントを参考に、「情報発信 →⼊り⼝・アクセスの設置→やりとり・相談」という各フェーズに分けて、みまたん宅⾷どうぞ便・こども宅⾷のどのような⼯夫・対策が有効だったのか、整理していきます。
(「アウトリーチの実践に今⽇から使えるメソッド集」はポイント毎に実際の取り組みの具体例が多く、5-10分ほどで読めるようまとまっているので、ご⼀読頂くと以下のまとめがより理解しやすくなると思います。おすすめです!)
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こども宅⾷を始めたいという各地の事業者さんから、「対象の家庭をどうやって出会いますか︖」という質問をよく受けます。
東京都の子供の生活実態調査で、ファミリーサポート・学習支援・子ども食堂など食事支援といった子育てサービスの認知率や利用率を調べたところ、全体として困窮層ほど、制度を知らないために利用に至っていない傾向にあることや、重要な情報が多い行政の情報(行政のホームページ等)について、一般層よりも困窮層の利用率が低いという結果が出ています。
“そもそも支援があることを知らない”
“情報を知らないまたは知らされていない”
チラシやポスターなど、広く多くの人に情報を届けられる広報手段だけでなく、必要としている人の目に触れやすい広報手段を使ったり、当事者の心理に寄り添った文面を活用するなど、当事者に焦点を当てた「狭く深い」手法も有効です。
(OVAさん「アウトリーチの実践に今日から使えるメソッド集」より)
どうぞ便では・・・
◆ 町内の関係機関が⼀体となって、町役場や学校、保健師などなど⼦育て家 庭とタッチポイントの多いルートでチラシ配布、周知する
◆ 地元で購読率の⾼いローカルの新聞に事業が取り上げられた (※ただし、記事内のメッセージには注意を払う。偏見やネガティブなイメージが助長されると逆効果のため。)
この他にも、こども宅⾷では「児童扶養⼿当の利⽤家庭などの対象者に、⼿当申請の書類を送付する際に宅⾷の案内チラシを同封する」といったピンポイントで情報を提供することも可能です(例︓⽂京区のこども宅⾷、新潟市のにいがたお⽶プロジェクト)。
いずれの場合も、市区町村など、対象者の情報やご家庭との接点を持っている⾃治体と連携する・巻き込むことが重要になってきます。
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情報が対象者に届いたとして、そこから、対象者が⽀援者にコンタクトを取るなど、最初のやりとりにつながることが必要です。
OVAさんのメソッド集には、この観点から、(1)⼀⾒⽀援に⾒えない⼊り⼝を設ける、(2)アクセスのしやすさを上げる、という2つの⼿法が提案されています。
一見支援に見えない入り口は、若者に『人に頼る』『支援を受ける』という意識を持たせずに、支援のきっかけ作りになります。若者が積極的に興味を持てて、対等な関係で接点を持てる入り口を設けることで、心理的な抵抗感を下げる効果が想定されます。
(OVAさん「アウトリーチの実践に今日から使えるメソッド集」より)
どうぞ便では・・・
◆「訪問相談をします」ではなく「食品を届けます」という入り口
◆ 普通の食品配送のサービスに間違われるくらいの明るいデザイン
相談窓口に行くたびに書類を書いて窓口に度々訪れるのは、時間・金銭面で大きな負担となり、継続的な支援も難しくなります。オンライン相談、オンラインでの手続き共にネット環境があれば使えるため、支援へのアクセスが大幅に改善されると考えられます。
(OVAさん「アウトリーチの実践に今日から使えるメソッド集」より)
どうぞ便では・・・
◆ 文京区こども宅食事業と同じく、LINEやWebサイトからの申込みが可能
◆ 利用開始後のやりとりや相談もLINEや電話でできる
◆ 食品提供の方法自体も「自宅まで配送」ということで忙しい家庭でも利用しやすい
LINEやWeb申し込みを活⽤したどうぞ便では、夜間など通常の窓⼝が空いていない時間帯の申し込みは全体の7割を占めてい ました(2018年のデータ)。
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支援に見えないライトな入り口をつくる、アクセスのしやすさを上げたとして、そこから、実際の相談につなげるにはもう一歩工夫が必要と考えます。それは、支援を受けること自体が、相談者の自尊感情を傷つける脅威になりうるからです。
「甘えがある・問題解決能力が低い、と他人からマイナスの評価をされるのではないか」、「うつ病になったのは自分自身の弱さの問題で他人に頼るべきでない」といった感情を相談者が抱いてしまうと、困っていても相談には至りません(「事例から学ぶ 心理職としての援助要請の視点 「助けて」と言えない人へのカウンセリング」金子書房・水野治久監)。
OVAさんのメソッド集では、(1)相談や支援を受けること自体への抵抗感を下げる、(2)「この人になら話せるかもしれない」という信頼関係を構築する、といった対応が挙げられています。
“支援を受けるのは恥である”
“周囲からの目が気になる”
「自分は支援を受ける対象である」「支援の専門家に指導される」といった感覚を抱かせずに、支援を提供できる関係を構築する工夫が重要になります。
(OVAさん「アウトリーチの実践に今日から使えるメソッド集」より)
どうぞ便では・・・
◆ 気兼ねなく「どうぞ」や「おたがいさま」というメッセージの発信
◆ 相談員やボランティアスタッフの「ご家庭の気持ちや考えを尊重する」態度や接し方
◆「支援を受けていると周囲には知られたくない(※)」などへの工夫(手続で窓口に来なくても良い、配送が目立たないように配慮する等)
※文京区こども宅食の調査では、困り度の高い家庭ほど「周囲から分からない方法で支援を受けたい」ニーズが高いとの結果が出ています。
若者の価値観やニーズを受け止める姿勢は、「この人になら話せるかもしれない」といった信頼関係の構築に効果的だと考えられます。
(OVAさん「アウトリーチの実践に今日から使えるメソッド集」より)
どうぞ便では・・・
◆ 宅配により定期的にスタッフとご家庭が顔を合わせる(単純接触)
◆ 利用者側にポジティブな感情が湧きやすい (「食品が届いて嬉しい」、「今日もボランティアさんが自分たちの為に届けてくれた」)
◆ つながり始めた最初からあまり踏み込まず「何かあったらいつでも言ってくださいね」という距離感
◆ (3.1.と同じく) 相談員やボランティアスタッフの「ご家庭の気持ちや考えを尊重する」態度や接し方
同じように食品を定期配送する文京区こども宅食のご家庭の調査結果でも、「気持ちが豊かになった」「社会とのつながりが感じられるようになった」を挙げる人が8割を超えています。
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今年の8月に「子供の貧困対策に関する大綱」の見直しを議論する内閣府の有識者会議が今後の子供の貧困対策の在り方について提言を出しました。その中で、施策の大きな方向性として、「支援が届かない、又は届きにくい子供・家族への支援」が取り上げられています。
これに関し、インタビューで印象に残ったどうぞ便事務局の松崎さんの言葉があります。
「単なる訪問支援ではなく、もっと手前で、外から見えない課題・ニーズそのものをこちらから探しに、拾いにいくことが必要です。ご家庭自分から申し込みをしてくれた人とは関わりが作りやすい。小さなサインを出してくれたご家庭との、最初の関わりとその後の関係を作るツールとして、こども宅食は有効です。」(三股町取材記事より)
どうぞ便の取材を通して、こども宅⾷で「⾒えない”つらい”を発⾒する」為 には、「まだ出会えていない相談者に情報を届ける」、「他⼈に打ち明けに くい課題・ニーズをスムーズにキャッチする(教えてもらう・察知する)」 といったステップが必要となることが段々と⾒えてきました。いずれも難易度の⾼いものです。
前者の「まだ出会えていない相談者に情報を届ける」については、OVAさんによる「プレ・アウトリーチ」の解説があります。これによると、こども宅食は、アウトリーチの中でも明確な支援援助の要請がある「前」の段階に着目している取り組みの一つと言えるかと思います。
いわゆる訪問⽀援全般を意味する従来の「アウトリーチ」は、すでに当事者 側から相談機関への⽀援の申請があって⾏われます。つまり、⽀援機関から 当事者は⾒えており、すでに「相談者」です。
ここからは、そのような訪問⽀援的な意味でのアウトリーチと、まだ会えて いない当事者に⽀援を届けるアウトリーチを2つに分類してみます。 後者の会えていない当事者に情報や⽀援を届けるアウトリーチのことを、 OVAでは「プレ・アウトリーチ」と呼んでいます。
プレ・アウトリーチの意味は「⽀援を必要としている⼈が、最適な⽀援に つながるようにアクセシビリティを⾼めること」と定義し、従来のアウトリ ーチの定義よりかなり広範なものとなっています。
(OVAさん「アウトリーチ事業の作り方 ー必要性と活動の方法ー」より)
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以上、こども宅食のどのような機能や工夫が、つながりにくい・声を上げにくい人とつながり、見えない”つらい”を発見するのに有効なのか、現時点での気付きを整理してみました。
こども宅食応援団では、取材した各地の取組みを先行する事例や研究に基づき分析しながら、全国へのこども宅食を立ち上げ・運営したい事業者へのサポート、ノウハウ共有を行っていきます。
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