「こども宅食」は、食品配送をきっかけに家庭とつながりを作り、必要な支援につないでいくことを目指す事業です。
「子育てや生活に困っていると他の人には言えない」
「窓口まで書類を持って行って手続きをしなければいけない、と思うと気が重い。そもそも仕事を休めないので平日にそんな時間も取れない」
「人付き合いが苦手で誰にも相談していない・・・」
困っていても声を上げられない人はどこにいるか分からない、いたとしても最初から相談してくれるとは限らない・・・。
宮崎県のみまたん宅食どうぞ便(以下「どうぞ便」)は、町の社会福祉協議会を中心とした地域のネットワークを活用して、食品配送を入り口に、実際のご家庭の個別の支援までを実践している先進事例です。
どうぞ便がご家庭とつながって、支援につなげたケースでは前編記事の通り、無料の学習塾(ボランティア)でお子さんの受験をサポートし合格したという素敵なエピソード以外にも、非正規の仕事から、勉強して希望の正社員の職業に就いた親御さんや、家計の相談を一緒にしていって徐々に安定したご家庭のお話なども教えてもらいました。
でも、そもそも、どのようにして見えにくい親子の”つらい”を発見することができたのか?
食料支援を入り口としたアウトリーチの最新の取り組みをご紹介します。
「一般の宅食サービスと間違って申し込んできたご家庭もいるんですよ。目論見通りだな、と思いました」そう嬉しそうに話すのは三股町社会福祉協議会(以下「三股町社協」)の生活支援コーディネーターの松崎さん。
明るい黄色のカラーと、可愛らしい動物のキャラクターで親しみやすい印象のどうぞ便のWebサイトや利用案内のチラシ。また、親しみやすさだけでなく、デザインのクオリティが高いので、「企業のサイトです」と説明してもそのまま通りそうです。
――――Webサイトやチラシを作るときに気を付けたことはなんですか?
「『福祉っぽくない』デザインを大事にしていました。福祉の分野では、利用者がサービスを使うことに居心地の悪さや、引け目を感じさせてしまうものや、”わざとらしい”ものが多い。利用者の立場で、一般的な感覚で利用したいと思えるデザインを検討しました」と松崎さん。
デザインを担当したのはデザイナーの吉田さんです。吉田さんは福島で被災したあと避難生活をしていた頃のご自身の経験を振り返ってこう話してくれました。
(デザイナー、広報など幅広く活躍される三股町社協の吉田さん)
「『支援を受けている』という申し訳無さ、肩身の狭さ。従来の『支援する・される』という上下の関係・・・そういうものをデザインで変えたいと思いました。たまたまいま困っている人がいれば周りがサポートする、助けている側が今度は助けられる立場になることもある。『横の関係』ならみんな気持ちが楽になるんじゃないか。デザインと『どうぞ便』のネーミングにその思いを込めました。」
また、どうぞ便では、文京区のこども宅食事業にヒントを得て、LINEやWebサイトからの申し込みを受付けています。やはり平日の昼間は忙しいのか、通常の相談窓口が空いている時間以外の夜間などに申し込みが多くあったとのことです。
こうしたどうぞ便の事務局の思いや工夫が、声をあげにくい人でも自分から最初のコンタクトを取ってくれる理由の一つになっていると思います。
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「配送にいくと、玄関のドアが開いて子ども達が喜んで走ってくる。クリスマスにケーキを手渡したときにはすごく喜ばれた」そう話してくれたのは配送ボランティアの東さん。
毎月の食品の仕分け・梱包作業、ご家庭への配送は三股町社協が呼び掛けたボランティアの方々が行っています。普段は、こども食堂の運営メンバーだったり、地域で高齢者向けイベントを運営されている人、元々は会社員だったという方もいます。
(取材にご協力くださった、梱包・配送ボランティアスタッフの皆さん)
――――配送時、どんなことに気を配っていますか?
「食品は自然に渡すようにしている。ご近所など周りの目もあるかもしれないので、目立たないように気をつけている」といった答えがありました。配送時の車も社協のロゴが入ったものではない、ボランティアスタッフさんの車を使っているそうです。
また、皆さん配送時には明るく挨拶し、声を掛けるにしても「困っていることがあれば三股町社協に相談してください」といったコミュニケーションに留めていると言います。
地域で児童委員もしている下村さん。一度、いつも下村さんがお届けしているお宅に、たまたま別のメンバーが配送に行ったら、「いつものおじさんは?」というお子さんの反応があったというエピソードもありました。
多くの言葉を交わすわけではなくとも、いつも同じ人が顔を合わせる安心感は必ずそこに生まれているように思いました。
こうして徐々に顔を合わせているうちに、ご家庭から「◯◯(服や食品など)が無くて誰に相談したらいい?」といった質問をボランティアスタッフが受けて、社協につないだことも。
このように、どうぞ便では、ボランティアスタッフは普段のコミュニケーションを担い、必要に応じて専門家の社協が相談に入る、という役割分担と連携で支援につなげる体制を取っています。
どうぞ便事務局の松崎さんは、「焦らず徐々にご家庭と関係を作っていくことが重要。最初からあまり踏み込みすぎず、『何かあったら声をかけてくださいね』と、良い意味で距離を保って接する。どうぞ便の配送ボランティアさんはそういったことがよく分かっているので、信頼しています」と話してくれました。
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(取材にご協力くださった三股町役場の皆さん)
「母子保健でも家庭訪問をしますが、母子以外のことで気になることがあっても、その後理由なく訪れるのが難しいです。お母さんからすれば見張られている、と感じるのではと・・・」
たしかに本人から相談を受けていないのに、家庭訪問するのは難しいです。様子が変わっていないかと定期的に訪問することは余計に難しい・・・こうしたお話を聞いて、こども宅食の強みは、定期的に親子と顔を合わせる機会を自然に持てる、向こうからドアを開けてくれる、そこにあると再認識しました。
三股町社協で訪問看護の管理者や、ケアマネージャーなどの相談支援事業を長年担当してきた内窪さんもどうぞ便の事務局の一人。ボランティアと連携しながらご家庭からの相談があれば電話や訪問をしてフォローしたり、適切な支援につないでいく要の役割です。話しやすい雰囲気で、優しいお人柄が一目で分かります。
――――どんなふうにご家庭とやりとりしていますか?
「利用申し込みがあると最初にご家庭を訪問し、顔を合わせて話すようにしています。申し込みをしたということは、現状を変えようと一歩踏み出した証拠で、それがとても良かったということも最初にご家庭と共有するようにしています。
初回配送の後には感想を聞いたり、LINEや電話でつながっているので数ヶ月おきに『変わりはないですか?』などと連絡するようにします。緩やかに寄り添っていることを感じてもらえればと思います。」
――――どうぞ便(こども宅食)の可能性はどこにあるでしょうか?
「社協はもともと色々な支援メニューを持ち、他の支援者やボランティアともネットワークがあるので、就労相談や家計相談から、森の子学習塾のようにお子さんの進学サポートまで、見つけた困りごとに幅広く・柔軟に対応できます。どうぞ便のつながりの中で、ご家庭と一緒になって困りごとや課題を少しずつ紐解いていくことで、ゆっくりでも確実に、ご家庭が良い方向に進んでいくと実感しました。」
誰しも悩みを他者に話すことには抵抗があると思います。自分自身のことを振り返っても、例えば、子供の発達や成長の悩みがあるときに、専門家相手とはいえ相談するときにはやはり身構えてしまいます。「可哀想と思われたくない」、「何か自分に落ち度があると指摘されないか」という心配をしたりします。
また、心身が疲れていたり、日々の生活や仕事など目の前のことでいっぱいいっぱいだと、込み入った話や深刻な相談をする気力がわかない、ということもあるのではないでしょうか?
ご家庭との距離感を大切に、相談を待つ姿勢で相手の意志を尊重する。ボランティアスタッフや相談員のそうした姿勢があるからこそ、最終的には、ご家庭の側から「この人(たち)なら相談してもいいかな」と少しずつ変化が出てくるのだと思いました。
(行政の立場からどうぞ便に期待することを教えてくれた内村さん)
また、行政や学校の方からご家庭の紹介があり、どうぞ便が毎月の宅配で顔を合わせながら、ご家庭が安定している様子かを見守る役目を担うこともあるそうです。
三股町役場福祉課で様々な福祉政策に関わってきた内村さんもこうおっしゃっていました。
「急かさないでやる。最初から『何の課題を、いつまでに、どう解決する』という対応では信頼関係を作ることは難しい。どうぞ便なら、何か状況が悪くなってしまう前に声を拾えるのでは、と頼りにしています」
実際、行政窓口には苦手意識があったご家庭が、あるとき、どうぞ便とやりとりしていた流れで、三股町社協には自らヘルプの電話をしてきたこともあったそうです。
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最後に、どうぞ便の企画運営の中心メンバーである、三股町社協の生活支援コーディネーターの松崎さんに質問をしました。
――――こども宅食の強みはなんでしょうか?
「相談支援をしている人ならわかると思いますが、経済的な困窮は一つの側面に過ぎず、関連して就労の問題や介護や病気・障害の悩み、不登校などの相談があったりする。ご家庭はどうぞ便に対しポジティブな印象を持っているので、根本的な課題を見つけたとき、拾えたときに専門職が介入していきやすい。これは強みだと思います。」
――――アウトリーチ、という観点でこども宅食をどう分析しますか?
「社会福祉協議会として、もう何年も前からアウトリーチ型の支援はスローガンとして掲げてきたが、本来のアウトリーチはできていないのが現状でした。そんな中、こども宅食の仕組みに可能性を感じました。
単なる訪問支援ではなく、もっと手前で、外から見えない課題・ニーズそのものをこちらから探しに、拾いにいくことが必要なんです。ご家庭自分から申し込みをしてくれた人とは関わりが作りやすい。小さなサインを出してくれたご家庭との、最初の関わりとその後の関係を作るツールとして、こども宅食は有効です。直接顔を合わせることで理解が深まることはたくさんありますしね。」
――――見えない、発見されていないニーズ。それを見つける難しさを感じていた、と。
「例えばですが、持ち家や車があっても内情は家計管理がうまくいっておらず苦しいという場合もある。外見は携帯があり流行りの服を着ている子どもでも、食事に困っている場合もある。どうぞ便が無かったらつながれずにいたままの家庭もあったと思います。
一見裕福そう・・・という場合でも、その経緯がどうであれ、子供の食事や塾や外出などの、普通であれば得られる機会が喪失されるとすれば見逃せません。こうしたお子さんについても生活や学業が安定するようサポートされるべきで、どうぞ便でつながる意味は大きいと思います。」
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「生活が苦しいな…」「家庭内に余裕がないな…」、本人ですらうまく言葉にできていないこともある、その小さなサインを、食品提供を入り口にしてキャッチし、寄り添いながら本当の困りことを見つけていく。
途切れないつながりを持って、本当に困ってしまう前に声を拾える。ご家庭との信頼関係を活かし、見つかった課題を適切な支援につなぐことができる。
支援の最前線にいるみまたん宅食どうぞ便の取材を通して、こども宅食の持つ強みがだんだんと整理できてきました。
2日間にわたる長い取材にご協力頂きましたみまたん宅食どうぞ便のチームの皆さん、本当にありがとうございました。
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こども宅食応援団では、こうした学び・気付きを、全国各地でこども宅食を始めてみたいという事業者の皆さんに届けていきます。
また、関連記事(こども宅⾷で「⾒えない”つらい”を発⾒する」には何が必要か︖NPO法⼈OVAの 先⾏研究に学ぶ )では、先行するアウトリーチ事例の研究を踏まえた、みまたん宅食どうぞ便・こども宅食の分析を行っています。相談・支援事業に携わるの皆さん、行政の皆さんにご一読頂ければと思います。
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